[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
白い白い砂の海が、まるで果てがないかと思われる程、
どこまでも続いていた。
私はまるで夢遊病者の様に、容赦無く照りつける太陽の下を、
ゆらゆらと歩いていた。
その街を見つけたのは、そうして水も食糧も尽き、もう駄目かと
観念した時であった。
初め、巨大な光の玉が降ってきたのかと錯覚した程、それは
白一色の街だった。
建物などは勿論、そこに住む人々も、皆純白の衣装を身に纏い、
透き通る様に白い肌をしていた。
髪と目の色だけが、深い闇の様に、黒々と輝いている。
そして、男は小ぶりの赤い帽子を、女達は、やはり小さな赤い
髪飾りをつけ、その黒と赤以外は、何もかもが白に彩られている
のだった。
私を泊めてくれた宿の娘も、やはり漆黒の髪と眸を持ち、それ
以外は何もかもが白く輝いているかの様に思われた。
体の調子も回復し、必要な物は全て揃え、それでも尚、ここに
留まっていたのは、介抱を受けるうちに、いつしかこの娘に
淡い想いを寄せる様になっていたからだった。
彼女は、口数は少ないものの、眼差しはいつも相手の眸に
くっきりと留める。
黒い眸の奥で、凛とした強さが、静かに波打っているかの様に
思えた。
やがて──
ふた月余りが過ぎる頃。
娘と私は次第に親しさを増していったが、しかし彼女はいつも、
誰かを待っているかの様にも思われた。
そして、ある日の夕暮れの事。
彼女はふいに言ったのだった。
「明日、結婚が決まります」
何も応えられないまま、私は彼女を見ていた。
その言葉よりも、むしろその言い方の唐突さに驚いていた。
「・・・おめでとう。それで──その幸運なお相手は──」
暫くしてから、漸くそれだけを尋ねる事が出来た。
このふた月の間、訪れる人は勿論、彼女の元には手紙が届いた
気配すらなく、内心半信半疑ではあった。
「まだ分かりません」
娘は穏やかに答えた。
「どういう事だい?」
「明日の夜、唄祭りの時に決まるのです」
「唄祭り──。お見合いパーティー、といったところかな? でも、
必ずしも、皆が皆──」
「いいえ」
涼しい微笑を浮かべて、彼女は首を横に振った。
「この街では、19になると、男も女も皆祭りに行き、生涯唯一人の
相手と巡り逢うのです」
そんなに簡単に行くものだろうか・・・
そう言おうとして、しかし私は、言葉を喉の奥に押し戻した。
あまりに静かな彼女の眸が、私の心に切なかった。
翌日、娘の買い物を手伝った帰り、私は泉のほとりに佇む人々の姿に
足を止めた。
「あの人達は──いつもああして、あそこに来ているようだけど?」
娘は頷き
「仕事の合間に、或いは、仕事をしながら、此処にこうして居るのです」
「何故・・・?」
「あの泉の底に、夫や妻が眠っているからです」
私は驚き、彼女の顔を見た。
「遺骨を壺に納めて、この泉に沈めるのが、この街の慣わしなのです。
そうして──」
「亡くなった後もずっと、此処でこうして、そばを離れずにいる──」
「そうです」
彼女は再び静かに頷いた。
私は、娘の、黒い眸をじっと見つめた。
しかしその漆黒の宝石は、想いを映す事を頑なに拒んでいる様だった。
「──お幸せに」
夜が訪れた。私はそれだけ言って微笑した。
彼女も又、ゆるやかに微笑んだ。
「貴方の事は、決して忘れません」
普通であれば、芝居がかって聴こえる筈のその言葉が、娘の口から
こぼれると、何故か穏やかに私の耳に響いた。
「ありがとう。・・・僕も忘れない」
そうして、私達は外に出た。
祭りの広場が見えてきた、その時。
私は、ふと目の前に、白い影がちらつくのに足を止めた。
「雪!?」
手に触れた瞬間、叫んでいた。
──それは、紛れもなく、あの冷たい雪だった。何故砂漠に──
うろたえ、立ち竦む。
「雪が降る。白く、深く、雪が降る。それでも永遠(とわ)に、
貴方を愛す」
傍らで、娘が言った。
私は茫然と彼女を見た。
「たとえ地に伏し、雪に覆われても、それでも永遠に、貴方を愛す──」
そこで言葉を閉ざし、彼女が私を見た。
「これが、誓いの唄です」
私は、無言のまま、降りしきる雪を見ていた。淡い冷たさの中で、
全てが分かった気がした。
「泉は・・・泉は凍らないんだね。たとえ、どれ程雪が降ろうと・・・」
「ええ」
娘は頷いた。
心なしか、その目は潤んでいるようにも見えた。
教会の鐘が鳴り響く。
祭りが始まったのだ。
若者達が、娘達が、それぞれに、思い思いの場所で歌いだす。
『・・・たとえ地に伏し、雪に覆われても・・・』
初め無秩序に響き合っていたそれらの音は、次第に美しいハーモニーを
作り始め、若者は、自分の声に重なる声を持った娘の手を取り、広場の
端を歩き出す。
彼女の前にも、1人の青年が歩み寄った。
差し出された手に、ほんの一瞬、彼女の歌声が震えたが、それは相手の
若者にさえ気づかれなかった。
やがて──大きな輪が、広場を囲んで周り始めた。
私は静かに背を向けた。
しんしんと降り続く雪の中を歩き出す。
歌声が緩やかに遠ざかる。
『それでも永遠に、貴方を愛す──』
私はそっと、白い風花を、掌に握りしめた。
白いカーテンが揺れている。
眩しい日差しに、無意識に目をしかめる。
「ああ、気がつきましたね」
声のする方へ、ぼんやりと視線を向けると、そこには褐色の肌をした
看護師がいた。
──いつのまにか、私は、病院のベッドの上にいた。
「気分はどうですか? 今先生を呼んできますから。貴方を助けた
人達は、又後で様子を見に来ると言っていましたから、よくお礼を
言わなくてはね」
「・・・私は──」
「砂漠で行き倒れになっていたんですよ。発見が早かったから良かった
ようなものの、あまり無茶をするものではありませんわ」
小言を言いかけて、彼女はふと思い出した様に、ポケットを探った。
「そうそう、これ。貴方が手に握りしめていた物です。鳥の羽根・・・
ですよね? 真っ白で、とても綺麗ね」
手渡されたそれに、しかし私は少しも驚かなかった。
唯、熱い塊が、喉元にわだかまるのを抑える事が出来なかった。
折からの風に、私の掌の上でふわりと踊るそれは、1枚の真っ白な
丹頂鶴の羽根だった。
01 | 2025/02 | 03 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | ||||||
2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
その日、その時、心惹かれる香りは、潜在意識からのメッセージです。
色彩心理やカウンセリングも再度勉強、西洋占星術や四柱推命、紫微斗占術 等と併せ、タロットやオラクル・カードのリーディング・セッションを行っています。
<答え>は、いつも貴方の中に。
迷った時は、カードに尋ねてみませんか?