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~澄んだ声で歌う~
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その日から、Mとトトの奇妙な交流が始まりました。

Mは、トトの歌声を朝に夕に聴き、その合間に様々な事を教わりました。

「トリ」
「そうよ。鳥。翼があってね、空を飛ぶ生き物。もう、ずっと前にいなくなってしまったけれど・・・」

そんな風にして、トトは色々な名前をMに教えました。
尤も、トトの説明もあまり十分なものではありませんでしたから、Mが、どこまで理解出来たかは、甚だ疑問でしたが。

「お爺さんはね。最後まで、たった独りでこの街に残って、此処で亡くなったの」

時々、トトはお爺さんの思い出を語りました。
けれどもそれは、語るというより、自分に向けて呟いているようでもありました。

「街から緑を消してはいけないって、周りの人達に煙たがられながら、1人で街の、僅かな木や花の世話をしていたの」
「何故 デス カ」
「大切なものだから」
「タイ セ ツナ モノ」
「──そう。上手く言葉では言えないけれど、お爺さんにも説明は出来なかったけれど、緑ってね、とても大切なものなのよ。人間に、だけではなくて」
「ミド リ」
「緑だけじゃない。色々な物があるの。ホントに沢山の物があるのよ。人間にとってはどうでもいい物でも、他の生き物達には、とても大切だという物が、それは沢山あるわ」

トトの語る言葉は、実のところ、Mにはあまり理解出来てはいませんでした。
けれども、その言葉の1つ1つは、何故か記憶装置の中に、しっかりと刻み込まれていくようでした。

「とと サン──」
Mの発した言葉は、まるで悲鳴の様に響きました。
黒ずんだ夕暮れの中、トトの体は、ワゴン型ロボットの、腕の先に付いたシャベルで軽々と掬いあげられたのでした。
ガシャン、ガシャン、と音をたて、ワゴンの中にはロボットの、いえ、今は唯のガラクタでしかない機械の塊が、次々と放り込まれていきます。

「とと サン。とと サン」
Mは、唯々、トトの名前を呼ぶばかりでした。

「さようなら、M。さようなら」
山と積まれた残骸の中から、細い声が聴こえます。

やがてそれは──幽かな歌声に変わりました。

「とと サン。とと サン。とと サン・・・」
叫び続けるMの声など聞こえないかの様に、ワゴン型のロボットは、新しくスクラップにする分を積んで、ゆっくりと走り始めます。
歌声が、静かに遠ざかって行きます。

「とと サン。とと サン。とと サン──」

トトの歌声が消えた後も、Mは、尚もトトの名前を呼び続けました。

「とと サン。聴キタイ デス。アナタノ 唄 ヲ 聴キタ イ デス。とと サン 唄 ヲ 聴キタイ デス」
風が、吹き過ぎていきました。
褐色の砂が、Mの上にゆるやかに降り積もります。
「とと サン。とと サン。とと サン・・・」
いつしか、Mの、2つの丸いアンテナから、透き通った雫がほろほろとこぼれ落ちていました。

けれども、Mには、それが涙であるという事が分からないのでした──
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「すき。 ──すき トハ 何デス カ」

Mには“好き”という言葉の意味が理解出来ませんでした。
仕事に不要な単語は、データとして、殆ど入力がなされていなかったのです。

「うーん・・・。難しい質問ねえ。──そうね、この唄を、もっと聴きたい、と思う気持ちのことかしら」
「ワカリマ セン。理解不能 デス」
「ロボットだったら、解らなくても無理はないわね」
「アナタ ハ ろぼっと デハ  ナイノデス カ」
「私? ええ、私はロボットじゃないの。人形よ」
「ニンギョウ」
「そう、人形。見た事はない? ほら、私の腕、金属ではなくて、木で出来ているでしょう? 足も、体も、顔だってそうよ」
「き トハ 何デス カ」

Mは、木を見た事がありませんでした。街の中には、木で作られた物は殆どなかったのです。

「そうねえ・・・。うんと昔には、この街にも、まだ随分と花や木があったのだけど・・・。私はね、樫の木で作ってもらったの。名前だってちゃんとあるのよ。トトっていうの」
「とと サマ」
「“様”は要らないわ。私は人間ではないから」
「ニンゲン デハ ナイ」
「そうよ。人形。人間じゃなくて、人形」
「ニン ギョウ」
「あまりよく分かっていないみたいね」
そう言って、トトは小さく微笑いました。

黄褐色の肌をしたトトは、手も足もひょろりと長く、白いワンピースを着て、髪の毛はオレンジ色の毛糸で出来ていました。

「あなたの名前は?」
「ナマ エ」
「ええとね。認識番号、だったかしら」
「M─102」
「M─102。Mね。あなたは、街外れの、小さな灰色のアパートに住んでいたお爺さんに、会った事はない?」
「オジイ サン デス カ」
「そう、のっぽでね、丸い眼鏡を掛けていた人。その人が私を作ってくれたの。お爺さんの、たった一人の娘さんが、事故で亡くなってしまったので」
「・・・・・・」
「お爺さんは、私の事をとても可愛がってくれて、色んな唄を聴かせてくれたから、いつの間にか私も、それらの唄を覚えてしまったの。初めてお爺さんの前で歌った時は、そりゃあびっくりして、目を丸くして、口をぽかんと開けてたわ」
「ナゼ ビックリ シタノデス カ」
「何故って・・・人形は普通歌えないものだもの。話す事も、動く事も出来ないの。唯、じっとしているだけ」
「デモ アナタ ハ 話シテ イマス」
「そう。・・・何故話せる様になったのか、自分でも不思議。お爺さんにも分からなかった。唯、奇跡だって」
「キセ キ」
「そう。奇跡。分かる?」
「キセ キ。──アリソウ モ ナイ コト。アリエ ナイ コト」

Mの答えに、トトは、ふっと微苦笑をこぼします。

「信じられなくて当然よね。周りの人達だって、誰も信じなかった。何か、からくりがあるんだろうって。年のせいで、自分のした事も忘れているんだろうって言われてた。──でもね、お爺さんは、それは喜んでくれた。涙をぽろぽろこぼしながら、あの子が帰ってきてくれたって──」
「なみ だ。なみ だ トハ 何デス カ」

「──とても──美しいもの」

僅かな沈黙の後で、トトは静かに答えました。

「哀しいけれど、とても美しいもの」
「カナシ イ ケレ ド ウツクシ イ モノ」

Mは、トトの言葉を繰り返してみました。
けれども、それが何を意味するのか、まるで理解ってはいませんでした。
その街は、ロボットの街でした。
街のいたる所で、様々な形のロボット達が、来る日も来る日も命令通りに働いているのでした。

工場のロボット達は次から次へと製品を造り、運搬用ロボットがそれらを各家庭に配りました。
すると今度は廃棄物収集用のロボットが順々に回収し、ダストプール──廃棄物専用処理場──へと運び、そこでは、破壊用のロボット達が、次から次へとスクラップの山を築いていました。


この街は、ロボットの街でした。


──そして、無人の街でした。
街の周囲は一面の砂の海で、黄褐色の砂が、風が吹き過ぎる度に鳴き声を上げました。
昔、街を埋め尽くす程だった緑が、次第次第に消えていった時、人間達は皆、即座に別の土地へと移って行ったのです。
後に残った物は、灰色の空とビルの林。黒い煙を吐く工場。どこまでも続く砂漠。
そして、プログラムされた通りに、黙々と働くロボット達だけでした。


<M>は玉子型をしたロボットで、もう十日も前から、ダストプールの片隅で、スクラップとなる順番を待っていました。

配達用のロボットだったMの、以前は銀色に輝いていたボディは、今は錆ついて赤茶色となり、中央に付いている2つの小さな丸いアンテナは、ほんの少し動かしただけで、キィキィと音が軋みました。
伸ばせば倍の長さになった両腕は、両腕ともそっくり根元から外れてしまっていました。


そこは、動けなくなり、使い物にならなくなったロボット達が、無造作に積み上げられ、スクラップにされる順番を待っている場所でした。

その中に、一体だけ、ひどく風変わりなロボットがありました。
人間の女の子の姿をしたそのロボットは、黄色みがかった茶色のボディを白い服で包み、時々澄んだ音を発しました。
Mは、その音の連なりが、唄と呼ぶべきものである事を教えられてはいましたが、唄の歌えるロボットを見たのはそれが初めてでした。


「ロボットさん。あなたは唄が好きなのね?」


ある日の事。
その少女の姿をしたロボットが、Mに声をかけてきました。
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誕生日:
1965/07/21
職業:
カード・リーディング・セラピスト
趣味:
映画・舞台鑑賞 美術鑑賞
自己紹介:
アロマセラピー、リフレクソロジーと学び、とりわけスピリチュアル・アロマの奥深さに大きく影響を受けました。
その日、その時、心惹かれる香りは、潜在意識からのメッセージです。

色彩心理やカウンセリングも再度勉強、西洋占星術や四柱推命、紫微斗占術 等と併せ、タロットやオラクル・カードのリーディング・セッションを行っています。

<答え>は、いつも貴方の中に。
迷った時は、カードに尋ねてみませんか?
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