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~澄んだ声で歌う~
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ある日、1つの荷物が私の元へ届きました。
厳重に包装され、危険物扱いとなっています。

それは、あの老人からの贈り物でした。

あの日から既に半年以上、互いに名乗ることさえ忘れていた為、もう一度会いたいとは思いつつ、連絡の取りようがありませんでした。
にも拘わらず、届けに来てくれたのは、老人の孫だという少年で、彼に聞いたところ、私の仕事を頼りに、僅かな手掛かりを繋ぎ合わせるようにして、名前と住所を探し出してくれたのだそうです。

私は礼を言い、おじいさんはお元気ですかと尋ねました。
「実は、10日前に亡くなりました」
少年の言葉は、鋭い矢となって、私の胸を貫きました。
暫くの間、唯茫然と、その場に立ち尽くしていました。

共有した時間はほんの短いものでしたが、あの湖のほとりでの話は、あれ以来、幾度となく、崩れそうになる私の心を支えてくれていたのです。
もう一度、ホタルの群れを。
もう一度、光の乱舞を──と。

是非又お目にかかって、もっと沢山の話をしたかったのにと、悔やまれてなりません。

少年にそう告げると、
「おじいさんも、もう一度あなたにお会いしたかったと、最期に言っていました」
少し大人びた笑顔で、そう応えてくれました。
それから
「これは花火なんです」
「花火!? ──おじいさんの作った・・・?」
「はい。・・・父さん達は、危ないからと随分止めたんですが、どうしても、最後に1つ、作りたい花火があると言って。毎日これにかかりきりで、食事もろくに取らずに──。これが完成した日の夜でした。おじいさんが亡くなったのは」

私は、荷物の包みをほどき、大きな黒い丸玉を取り出して、何か祈りにも似た気持ちでそれを見つめました。
自分の無力さに失望し、周囲への不満に苛立ち、幾度もこの仕事を捨てようと思いながら、その度に、あの時の老人の言葉に励まされて、どうにか続けて来られたこの半年余りの間に、老人は黙々と、文字通り魂を込めて、この花火を作りあげたのでした。

博物館に勤めている友人や、それから勿論“ハナビ・アーティスト”達の助けを借りて、この、古い古い型の花火を、打ち上げられる事になりました。

冬の夜、冷たく澄んだ空気の中で、しかし空には、星の輝きがありません。
細い月だけが、独りぼっちで浮かぶばかりです。
人類が星空を失ってから、もう何十年になるでしょうか。このままでは、月さえ見えなくなる日がやって来るのは、もはや時間の問題かもしれません。

空に咲く花は、或いは、星の様にも見えるかもしれないと、私は、同じホタル・チームのメンバーだけでなく、自然保護計画に携わる、同じ様に、不安や失望に苛まれつつも、自然を蘇らせようと懸命に働いている、他の部所の仲間達にも声を掛けました。
皆、忙しい体ですが、それでも何とか20人程が集まる事が出来ました。
白い息を吐き、やや背中を丸めながら、私達は、その瞬間を待ちました。

そして──


勢いよく、光の矢が真っ直ぐに夜空に放たれるや否や、息を飲む程の、美しい大輪の花が開いたのです。


どーんと、大きな音が轟きました。
その刹那。
私達は、皆、はっと目を凝らしました。

──蛍でした。

何千、いや、何万という、蛍でした。

花火の小さな火の玉、その1つ1つが、全て蛍だったのです。

蛍は、露程の乱れもなく、幾重にも輪を作り、更に、2つ、3つ、と花を咲かせます。外へ、外へ、と蛍は飛び、大輪の花はより一層大きく開く。
手を伸ばせば届くかと思える程、ほんの目の前で輝いているかと思える程です。
誰も、何も言いません。
溜め息さえ聴こえてはきません。
皆、じっと息を止め、花火を、無数の蛍の輝きを見つめています。

やがて。

最後の輪が夜空に広がり、そして、静寂が辺りを包みました。
蛍の群れは美しい輪を解き、星の見えない藍色の闇に、静かに消えていきました。


24世紀の寒い寒い冬の夜──


瞼の裏にくっきりと光の残像を残しながら、私達は、いつまでも、いつまでも、ひっそりと沈黙を守る夜空を、見上げ続けるのでした。
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「貴方はどんなお仕事を?」
今度は、私が尋ねられる番でした。
ふっと、自分の頬が強張るのを感じながら、しかし努めて明るく
「自然保護計画のスタッフとして働いています」
「おお、それは素晴らしいお仕事だ」
「・・・しかし、色々と難しいです」

つい溜め息を洩らした後で、私は言葉を続けました。

「私はホタル再生プロジェクトの一員なんです。何とか絶滅の危機を回避して、昔の様に──尤も、我々の世代には、片手で数えられる位の数のホタルしか想像がつきませんが──ホタルを増やそうとしているところなんですが」
「それは、さぞご苦労な事でしょう」
「・・・はい。此処の様な自然保護エリアがもっとあれば──もっと、もっと、自然に近い状態での飼育が可能なんですけどね。ですが、自然のままの、土や緑や水を必要としているのは、ウチのチームだけではありませんし。結局、バイオ・センターの研究室に籠りっきりですよ」

やるせない想いが込み上げてきて、私は、きっと口をつぐんでしまいました。
何か話そうとすれば、泣いてしまう様な気持ちでした。

「・・・蛍ですか・・・」
老人は、遠くを見つめる様にしながら言いました。
「最後に蛍を見たのは、何年──どころではないな。何十年前だったか、あれは私が12の時だったから、もう100年以上前の話です」
「何処で・・・?」
「私の子供自分は、まだ、それでも緑が、あちらこちらに残っておりました。私の住んでいた辺りは、殊に田舎の方でしたからねえ。尤も──その時分でも、蛍はもう随分と、減っていたのには違いなかった。夏の夜、ちらほら見られれば良い方だったんです。・・・だから、周りの人間は皆、夢でも見たんだろうと、誰も本気にしてはくれなかったんですがね」
「夢?」

聞き返すと、老人は、如何にも嬉しそうな、子供のままの無邪気な笑顔で

「そう・・・。私はね。何千という蛍の群れを見たんですよ。いや、何万だったのかもしれない。──昼間遊んでいる最中に帽子を落としましてね。気がついたのは、家に帰ってからだったんです。暗くて見つかりっこないからって母親が止めるのも聞かずに、何せ気に入りの物だったものでねえ、探しに行った。ところが、本当に田舎でしたから、草っぱらがまだ結構残っている様な所でね。街灯もろくに無くて、真っ暗で、やっぱり諦めて帰りかけたら──」
「──蛍──?」
「そうです。蛍です。それも、何千、何万の」

彼は何度も頷いて、頬も、幾分紅く染めていました。

「いきなりね。ぱあっと明るくなったんですよ。私は、暫く茫然とそれを眺めておりました。それから、はっと気づいて探したら、すぐさま帽子が見つかりましてね。歓声を上げた時には、もう辺りは暗闇に戻っていました」

私は、何と応えて良いか分からず、唯じっと耳を傾けていました。

老人は再びからからと笑って
「いや、夢だったのかもしれませんなあ。・・・何せ、100年以上前の話ですから、私もはっきりとは断言出来かねるんですが。──ですが、綺麗でした。この世の物とは思えぬ程、そりゃあ美しい光景でした」

何千、何万という蛍の群れ──その光の乱舞を頭に浮かべようとして、しかし私にはそれが出来ませんでした。
何しろ、私は、たった4匹の蛍しか見た事がないのですから・・・。

にも拘わらず、私の心臓は激しい鼓動を打ち、全身が震えてさえいました。

「見てみたいです」
呟く様にそう言うと、老人も深く頷きながら
「ええ。私も、もう一度見てみたいと思っています」

さらさらと風の渡っていく中で、老人と私は、不思議な感動に包まれて、唯じっと並んで座っていました。
私がその老人に出逢ったのは、市<シティ>から車で5時間、自然保護エリアの中にある、緑の深い森の奥の、ひんやりと涼しい湖の畔でした。

漸く梅雨も明け、夏の香りが漂い始めると、整然と区画され、機能性ばかりの無表情な街並みにさえ、何処か弾んだ様な雰囲気が生まれるから不思議です。
私は、そんな空気に刺激され、又、行き詰まった仕事から来る憂鬱を吹き飛ばそうと、殆ど衝動的にこの森へとやって来たのでした。

森の入り口から程ない場所に車を停め、私は、大きく深呼吸をしながら、薄暗い緑の中へと入って行きました。


土の上を歩くのは本当に久し振りです。
シティでは、自動道路<ロード・ベルト>が何処へでも運んでくれますから、“歩く”という行為自体が殆ど必要とされず、ですから、恐らく私の歩き方は、随分とぎこちないものだった事でしょう。
しかし、そんな事にはお構いなしに、私はどんどんと森の奥へと入って行きました。

湖のそばまで来て、私ははたと立ち止まりました。


一人の老人が、草の上に寝転んで、心地良さげに微睡んでいたのです。

起こしてしまっては気の毒と思い、回れ右をしようとした、その時。
老人はひょっこりと起き上がり、「どうぞ」と微笑って、自分の隣に座る様、掌で招いてくれました。
「ああ、どうも」
そう言って、私も微笑を返しながら、彼の隣に腰を降ろしました。
「いい風ですね」
空を仰ぐ様にして、私は言いました。
涼しい風が、心地良く私達の肌に馴染んでいきます。
「本当に。──お一人で来られたのですか?」
「はい。貴方も?」
「そうです。昼寝をするには、最高の場所ですからね。此処は」
答えながら、老人は朗らかな声を立てて笑いました。
「確かに。・・・ですが、シティから5時間もかかるとあっては、あまりそう、度々は来られません」
「ああ、貴方はまだお若いし、お仕事もお忙しいのでしょうね」
「お仕事は・・・? もう、されてはいないんですか?」
「ええ、今は。昔は花火を作っておりましたが・・・もう、何年も前に辞めましてね」
「花火ですか。さぞや大変なお仕事だったのではありませんか? 私には、どの様に作られるのか、皆目見当もつきませんが」
「いやいや」
私の言葉に、彼は微苦笑いながら手を振ると
「今の花火とは違います。私が花火職人だった頃は、まだ、昔ながらの、伝統的な型の物を作っていましてね。夜空に、どーんと打ち上げると、パっと咲いて、パアっと散る。ほんの一瞬とも言える輝きでしたが、そりゃあ美しい物でした。本当に、大輪の花の様でね」
「ほう。それは是非一度、見てみたいものですねえ。おじいさんは、本当にもう、全然お仕事はなさっていないのですか?」
「ええ。どうにもこの、コンピュータというのが苦手なものでして。しかし、腕だけで勝負するには、この年ですからな。尤も──」
「何ですか?」

言葉を呑み込んでしまった老人に、私は、かなり露骨に、好奇心を滲ませた声で尋ねていたのでしょう。
彼は再度苦笑しながら
「いや、唯の願望には過ぎないんですがね。もう一度作ってみたいと思っておるんです」
「昔ながらの?」
「私には、今の流行りの様な物は、作れませんから」
ゆるやかに微笑って答えました。


深みのある温かな声と、澄んだ青い瞳。


私は、是非ともその花火を見てみたいと、その時強く思ったのでした。
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1965/07/21
職業:
カード・リーディング・セラピスト
趣味:
映画・舞台鑑賞 美術鑑賞
自己紹介:
アロマセラピー、リフレクソロジーと学び、とりわけスピリチュアル・アロマの奥深さに大きく影響を受けました。
その日、その時、心惹かれる香りは、潜在意識からのメッセージです。

色彩心理やカウンセリングも再度勉強、西洋占星術や四柱推命、紫微斗占術 等と併せ、タロットやオラクル・カードのリーディング・セッションを行っています。

<答え>は、いつも貴方の中に。
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