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都から遠く。深い森のその奥に、古びた高い塔がある。
その最上階の窓からは、随分と、遠くの方までを見渡す事が出来た。
窓際の揺り椅子に腰掛けて、少年は日がな1日、外を眺める。碧く、深い、泉の様な瞳に、何処までも続く空だけを映して。
年の頃は14、5で、少女と見紛う程に美しい面差しをしていた。
けれども、誰もが一目で、その魂の、此処にはない事を悟った。
人々は塔のそばへは近寄ろうとはせず、希に前を通る者があっても、深く俯いたまま足早に過ぎる。
止まったままの時間を引き摺って生きるには、少年は余りに美しすぎたのかもしれない。
切れ長の眼。鼻筋はゆるやかに高く、唇は薄く形良い。
透ける程に白い肌としなやかな四肢。少し首を傾げる毎に、亜麻色の髪がさらりと音をたてる。
美の神の祝福を一身に受け、少年は、けれども吹きすぎる風に1人で語り、1人で笑うのだった。
娘の仕事は、朝、川で水を汲む事から始まる。
食事を作り、洗濯をし、少年の身の回りの世話を1人で担っていた。
朗らかで、お喋り好きのやさしい娘だった。
長い髪を1本に編み、粗末な木綿の服を着て、毎日くるくるとよく働いた。
「おはようございます」
涼しい声で部屋の戸を開ける。
振り向く事のない少年に、それでも彼女はせっせと声をかけた。
お喋りに飽きると唄を歌う。歌いながら掃除をし、洗濯をし、縫い物をする。
やがて夕食が終わり、食器を片付けると、娘は漸く家路に着く。──母と、8人の弟妹達が待っている小さな家に。
「どうなんだ?」
塔から落ちる影の中で、男は尋ねた。
尖った鼻が、やけに目につく。
「いい加減、判ってもいい頃だろう」
苛々と言葉を継いで「そろそろ1年だぞ。毎日見ていて、芝居かそうでないか位、判らない筈はないだろう。・・・正気なら、何処かで、それと知れる素振りがある筈だ」
娘は応えなかった。唯、無表情に足下を見つめている。
「もう少しだけ待ってやる」
男は言った。
「何としても奴の尻尾を掴め。そうすりゃ、お前だって、大金を拝めるんだからな」
苛立たしそうに男が去り、娘は、しかし尚も白い表情で佇んでいた。
ぎゅっと、真一文字に唇を結んだまま──
ちらちらと、雪が舞う。
冬の午後が、静かに時を数えている。
外を眺める少年の背中に、厚手の上着を掛けてやりながら
「よく降りますこと」
呟くように娘は言った。
──と、ふいに。少年の肩に添えた指先がぬくもりに触れた。
見ると、少年が、彼女の指を、自分の掌で掬うようにして見つめている。
「汚い手でございましょう?」
娘は微苦笑った。
赤紫にふくれあがった指は、その爪の先にうっすら血が滲んでいる。
無言のままに、少年は、両手でそれをそっと包んだ。
「・・・ありがとうございます・・・」
ふっと声が潤む様で、娘はきつく瞼を閉じた。
少年の手は温かかった。
シチューを煮る鍋が、ことことと音を立て、白い湯気が立ち上る。
無表情な娘の顔が、その湯気の中に浮かんでいた。
掌の、小さな瓶。
夕べ、彼女の母親はそれを差し出し、「弟を助けてやってくれ」と言った。
末の弟の病は篤かった。
けれど薬代すら、ままならない。
そこへ、あの男が訪ねてきたのだ。札束と、白い粉の入った小瓶を持って。
男は言った。
もうこれ以上は待てない。この薬を少しずつ食事に混ぜろ。亡くなった先の奥方様の忘れ形見である少年は、それだけで十分厄介な存在だ。気がふれて、いようといまいと、後継ぎ争いが表面化する前に、消した方がいい──
母は、泣いていた。けれども、金を受け取った。
そして、はっきりと口にしたのだ。我が子の為だ、と。
それは、初めて見る母の顔だった。
だが、よくよく考えてみれば、実の父親である領主様でさえ、一度でも塔へ会いに来た事があっただろうか。
ましてや、その塔の中で、一生涯を過ごす少年なのだ。
それならば、いっそ──
指先に力を込める。微かな震え。鍋の上でゆっくりと小瓶を傾ける。
ほんの、少し。
白く、細かな粒が、さらさらと音を立ててすべり落ちた。
「送って下さるのですか?」
振り返って、娘は、むしろ怯えた様に、螺旋階段の途中にいる少年を見上げた。
この数日、彼から視線を逸らし続けていた。
日に日に痩せ衰えていく横顔が、けれども逆に美しさを増していく様で、それが怖かった。
少年は黙って下まで降り、扉を開けた。
「いけません。若様は、この塔からお出になる事は出来ないのです」
慌てて止める娘に、少年は、初めて匂うような微笑を返した。
美しさに、思わず息を呑む。
「・・・さようなら・・・」
唇から、涼しい声がこぼれた。
ゆるやかに微笑を深め、そうして、静かに森の奥へと歩き出す。
白い白い雪を踏みしめ、深い深い森の奥へと──
──若様──
胸元に隠していた空の小瓶を、娘は思いきり地面へと叩きつけた。
けれども、白い雪の上で、それは幽かな音さえ立てなかった。
ふっつりと、少年の姿は消えた。
娘は、彼を塔から逃した罪で、銃口の前に倒れた。
その日、白銀に輝く一面の雪が、鮮やかに散った紅い滴(しずく)に染められた事を、人々は、堅く口を閉ざして決して語ろうとはしなかった。
けれどもそれ以来、この街には、息を飲む程美しい、深紅の雪が降るという。
そしてその冷たさは、触れた人の魂までをも凍りつかせた。
何年、何十年と雪は降り続け、いつしかこの街は、<紅の都>と呼ばれる様になった。
そうして今も、紅い雪は、人影の絶えた無言の都に、静かに降り続いている──
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その日、その時、心惹かれる香りは、潜在意識からのメッセージです。
色彩心理やカウンセリングも再度勉強、西洋占星術や四柱推命、紫微斗占術 等と併せ、タロットやオラクル・カードのリーディング・セッションを行っています。
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