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~澄んだ声で歌う~
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私がその老人に出逢ったのは、市<シティ>から車で5時間、自然保護エリアの中にある、緑の深い森の奥の、ひんやりと涼しい湖の畔でした。

漸く梅雨も明け、夏の香りが漂い始めると、整然と区画され、機能性ばかりの無表情な街並みにさえ、何処か弾んだ様な雰囲気が生まれるから不思議です。
私は、そんな空気に刺激され、又、行き詰まった仕事から来る憂鬱を吹き飛ばそうと、殆ど衝動的にこの森へとやって来たのでした。

森の入り口から程ない場所に車を停め、私は、大きく深呼吸をしながら、薄暗い緑の中へと入って行きました。


土の上を歩くのは本当に久し振りです。
シティでは、自動道路<ロード・ベルト>が何処へでも運んでくれますから、“歩く”という行為自体が殆ど必要とされず、ですから、恐らく私の歩き方は、随分とぎこちないものだった事でしょう。
しかし、そんな事にはお構いなしに、私はどんどんと森の奥へと入って行きました。

湖のそばまで来て、私ははたと立ち止まりました。


一人の老人が、草の上に寝転んで、心地良さげに微睡んでいたのです。

起こしてしまっては気の毒と思い、回れ右をしようとした、その時。
老人はひょっこりと起き上がり、「どうぞ」と微笑って、自分の隣に座る様、掌で招いてくれました。
「ああ、どうも」
そう言って、私も微笑を返しながら、彼の隣に腰を降ろしました。
「いい風ですね」
空を仰ぐ様にして、私は言いました。
涼しい風が、心地良く私達の肌に馴染んでいきます。
「本当に。──お一人で来られたのですか?」
「はい。貴方も?」
「そうです。昼寝をするには、最高の場所ですからね。此処は」
答えながら、老人は朗らかな声を立てて笑いました。
「確かに。・・・ですが、シティから5時間もかかるとあっては、あまりそう、度々は来られません」
「ああ、貴方はまだお若いし、お仕事もお忙しいのでしょうね」
「お仕事は・・・? もう、されてはいないんですか?」
「ええ、今は。昔は花火を作っておりましたが・・・もう、何年も前に辞めましてね」
「花火ですか。さぞや大変なお仕事だったのではありませんか? 私には、どの様に作られるのか、皆目見当もつきませんが」
「いやいや」
私の言葉に、彼は微苦笑いながら手を振ると
「今の花火とは違います。私が花火職人だった頃は、まだ、昔ながらの、伝統的な型の物を作っていましてね。夜空に、どーんと打ち上げると、パっと咲いて、パアっと散る。ほんの一瞬とも言える輝きでしたが、そりゃあ美しい物でした。本当に、大輪の花の様でね」
「ほう。それは是非一度、見てみたいものですねえ。おじいさんは、本当にもう、全然お仕事はなさっていないのですか?」
「ええ。どうにもこの、コンピュータというのが苦手なものでして。しかし、腕だけで勝負するには、この年ですからな。尤も──」
「何ですか?」

言葉を呑み込んでしまった老人に、私は、かなり露骨に、好奇心を滲ませた声で尋ねていたのでしょう。
彼は再度苦笑しながら
「いや、唯の願望には過ぎないんですがね。もう一度作ってみたいと思っておるんです」
「昔ながらの?」
「私には、今の流行りの様な物は、作れませんから」
ゆるやかに微笑って答えました。


深みのある温かな声と、澄んだ青い瞳。


私は、是非ともその花火を見てみたいと、その時強く思ったのでした。
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沙波
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51
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性別:
女性
誕生日:
1965/07/21
職業:
カード・リーディング・セラピスト
趣味:
映画・舞台鑑賞 美術鑑賞
自己紹介:
アロマセラピー、リフレクソロジーと学び、とりわけスピリチュアル・アロマの奥深さに大きく影響を受けました。
その日、その時、心惹かれる香りは、潜在意識からのメッセージです。

色彩心理やカウンセリングも再度勉強、西洋占星術や四柱推命、紫微斗占術 等と併せ、タロットやオラクル・カードのリーディング・セッションを行っています。

<答え>は、いつも貴方の中に。
迷った時は、カードに尋ねてみませんか?
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